「杉のDIYデザイン展 in 飛騨」講習会レポート

今回の巡回展は美しい緑の山々に囲まれた岐阜県飛騨市が舞台。

新宿、名古屋に続く「杉のDIYデザイン展」巡回展の第3弾は、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称・ヒダクマ)の協力のもと、同社が運営する複合施設、FabCafe Hida(ファブカフェ飛騨)を会場としてお借りして、2019年6月28日(金)から6月30日(日)までの3日間開催しました。

飛騨古川の街並み。条例ではなく住民の人が自主的に街並み保全に協力しているという。

FabCafe Hidaは、飛騨古川の古きよき街並みの一角にあります。建物は築100年以上の古い民家。かつては酒造や木工アトリエとして活用されていたそうです。そんな由緒ある建物をリノベーションし、カフェ・デジタルファブリケーション・木工室・ゲストハウスの4つの機能を兼ね備えた複合施設として、2016年春にオープンしました。

引き戸の玄関を開け、中に入ると、まず目に飛び込むのが開放的な吹き抜けの空間にゆったりとレイアウトされたカフェスペースです。ファサードには3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル機器が並び、奥に行くと、蔵を改装した木工室が併設しています。

のんびりと喫茶を楽しむ人もいれば、コーワーキングスペース代わりにパソコンを持ち込んで作業をしている方もいます。日常とものづくりをつなぐ素敵な空間が広がっていました。

さらに、この施設のおもしろかった点は、建物の2階スペースを利用し、長期滞在もできる点です。国内はもちろん、海外から飛騨の森のことやものづくりの技術を学びに来る方もおり、そういった方が泊まり込みで飛騨を満喫できるように合宿事業も行なっているそうです。作り手にとってはなんとも贅沢な会場で「杉のDIYデザイン展の巡回展 in 飛騨」は開催されました。

スペース内には秋岡芳夫の著作ライブラリーコーナーをもうけ、一部書籍の販売も行いました。

今回の展示では資料パネル、主要作品のほか、「杉でつくる家具」の1/10スケールの模型も展示しました。こちらは宮崎県の川上木材に勤務する後藤梢さんの力作。特別に薄くスライスした杉板をレーザーカッターで加工、ボンドで接着して組み立てたもの。KAKデザインの杉家具は、ほぞなどの複雑な加工を必要としない作りなので、レーザーカッターとの相性はとてもよいと実感しました。作品のプロポーションや構造を理解するのにも役立ちます。


ヒダクマの呼びかけて実現したインストラクター養成講座

今回の巡回展の目玉企画である「インストラクター養成講座」は、じつはヒダクマの松本剛さんの呼びかけで実現しました。飛騨は家具の産地であるため、木工に精通した方が多く、せっかくならば、1回だけのワークショップではなく、杉のDIY家具を広める活動につなげられば、また秋岡芳夫やグループモノ・モノのメッセージを広めていくことができれば、という提案でした。

私たちもワークショップにとどまらず、杉家具の普及活動の輪を広げていきたいと考えていた矢先でしたので、ありがたい申し出でした。

プログラムの内容については、松本さんとご相談させていただきながら、下記のようなもりだくさんの充実した内容となりました。

(1)森のレッスンVol.6 ギャラリートーク「杉のDIYデザイン」

(2)木工経験者対象『杉家具インストラクター養成講座』

(3)モノ・モノサロン in FabCafe Hide


ギャラリートーク「杉のDIYデザイン」

一般の方を対象としたギャラリートークでは、まず、グループモノ・モノの菅村大全から、KAKデザイングループと、原著「家庭の工作」の紹介、秋岡芳夫を知るためのキーワードの解説がありました。次に家具デザイナーの笠原嘉人からは針葉樹活用の現状について解説。最後に私、大沼勇樹から杉とノコギリを使ったDIYの魅力について話をさせていただきました。

モノ・モノ主宰の菅村大全。書籍「杉でつくる家具」の企画・広報を担当。

家具デザイナーの笠原嘉人。家具にとどまらず、木造建築、林業にも明るい博学の人。

筆者(大沼)の解説シーン。書籍では作品制作と工程解説を担当しました。

電動工具の登場によって時代遅れになってしまった手工具。中でも使う頻度が激減したのがノコギリではないでしょうか。「杉でつくる家具」の掲載家具は、“ノコギリが主役になる家具デザイン”であることを解説しました。

ノコギリはまっすぐ切れないし、疲れるし、切り口が汚いし、という先入観が邪魔をしていると思うのですが、そこに一度目をつむって、ますば試してみてくださいという思いを伝えたつもりです。何よりノコギリがある生活は楽しいはず、と。


木工経験者対象「杉家具インストラクター養成講座」

インストラクター養成講座は、木工経験者に対象を絞ったため、人数が集まるか正直、不安でしたが、結果的には定員を超えるたくさんの方にお越しいただき、大盛況となりました。

参加者の中には遠くは大阪、静岡、滋賀、群馬、千葉、神奈川からいらした方もおり、職業も木工家、家具職人、大工、プロダクトデザイナー、林業家、木育講師など実に多彩。ワークショップではいつも女性が多いのですが、今回は9割が男性とあって、適度な緊張感とともに講座はスタートしました。

ギャラリートーク同様、まず菅村から、原作(家庭の工作)が生まれた背景、「杉でつくる家具」ワークショップに含まれる4つの理念、そして秋岡芳夫が残したメッセージについて話がありました。

原作(家庭の工作)が出版された1953年当時は既製品がまだ少ない時代。家族の服は母親が仕立てていました。同様にちょっとした棚や机は父親が作っていました。そんな時代、KAKデザイングループは工業製品ではなく、すぐれたDIYデザインを生活者に提案することで生活を豊かにしようと、実験的な試みを行います。

原作出版当時と現代では生活環境が大きく変わりましたが、過去に学べる点も多々あります。「杉でつくる家具」ワークショップの理念には、「杉の文化」「プロダクトデザイン」「大工道具」「愛用と工作」という4つの要素が含まれること。「このうちどれに比重を置くかは講師の職業によって変わるけれども、それぞれの背景を理解し、参加者に何を伝えたいのかを整理してほしい」という内容でした。

余談ですが、私個人は「消費から愛用へ」という秋岡芳夫のメッセージに一番感銘を受けています。愛用というと背伸びしてブランド品を買い、できるだけ長く使おうイメージがありますが、秋岡芳夫の愛用という概念は、自作自用が愛用の根底にあり、気に入らないところがあれば自分の手で直しながら、使い続ける、というモノと人の関係が循環している状態を指します。また、人間が人間たる所以は、工夫して作ること、すなわち工作にある、とも述べています。

消費社会に生きる私たちにとって、秋岡芳夫の言葉は、いまも胸に響くものがあるのではないでしょうか。


続いて笠原からは、杉材の特性やKAKデザイングループが考えた独自の構造についての解説がなされました。

KAKのデザインは一般的の家具とは異なり、建築や工業デザインの考えを応用していること。その具体例として、「挟み脚」や「V字脚」を使った名作建築の事例が紹介されました。ちなみにKAKのメンバーの一人、金子至さんは、アントニー・レーモンドという著名な建築家の事務所で働いていた経験があり、レーモンド建築に見る梁の構造から挟み脚のデザインが生まれた可能性があるといいます。

杉の貫板、ノコギリ、木ネジという必要最小限の材料と道具を前提に生み出されたKAKのDIY家具は、構造がそのままデザインとなっていること、ゆえにタイムレスなデザインになっている、という指摘でした。


最後に私、大沼からは、ワークショップを運営する際の心構えと、ノコギリレクチャーのポイントを解説しました。

ものづくり系ワークショップに多いのが、お題があってそれを完成させることを目的としたワークショップです。完成して終わり、ではなく、その先に何を見据えておくかによって、ワークショップで自分が伝えるべきことが見えてきます。

技術を伝えるだけでなく、何より、その場を楽しんでもらうことが、その後のものづくりライフに大きな影響を与えると私は考えています。

とはいえ、木工のやり方に正解がないようにワークショップの伝え方も講師によって異なります。私のやり方が100%正解ではありません。これからも、いろんな方から意見を聞いて内容をブラッシュアップしていきたいと思います。

講義冒頭、菅村からもあったように、ワークショップを始める入り口は様々です。自分が参加者に伝えたいことを探して、その思いを核にワークショップを組み立ててみてはいかがでしょうか。


ディスカッションタイムは、スペシャルゲストが登場!

さて、講座も終盤に差し掛かり、最後はディスカッションタイムです。

ここでスペシャルゲストに登壇いただきました。お招きしたのは、木工家の賀来寿史(かくひさし)さん。前回の「杉のDIYデザイン展 in 名古屋」のワークショップでもご一緒させていただいた、杉家具ワークショップの先駆者です。ワークショップ経験豊富な賀来の知見を皆さんとシェアしてほしいと呼びかけたところ、快諾いただき、はるばる大阪から駆けつけてくださいました。

ディスカッションは、10のよくある質問をベースに、賀来さん、笠原、大沼の3人がパネラーとなり、進行しました。あいにく予定時間を大幅に過ぎてしまったため、ディスカッションは途中終了し、懇親会へ持ち越しとなりました。


講座終了後の懇親会は深夜3時まで及びました。

熱も冷めやらぬ間に、モノ・モノサロンへと移行しました。ここからはフリータイムです。各々気になることを話題に、意見交換をします。かつて秋岡芳夫さんが中野のマンションを借りて、そこを毎週決まった曜日に解放して、様々な業種の方を集めて夜な夜な議論をくり広げたというモノ・モノサロン。それをFabCafe Hideでもやってみましょう!ということで企画されていました。

ここでも賀来さんの熱いトークは止まりません。

FabCafe Hideの皆さんが企画してくださったカフェメニューも充実。オススメは何といっても大根、鰯、ゆず胡椒を使った“DIY”カレー。スパイシーでとても美味しかったです。

宴もたけなわとなったところで、モノ・モノサロン恒例の自己紹介タイムが始まります。家具作家、家具メーカーの社員、大工、林業家、木育講師、地域おこし協力隊、専門学校の学生さんなど実に多彩であることが改めてわかりました。おもしろそうな活動をされている方もたくさんおられました。

午前様にならないうちにサロンはお開きとなり、記念写真をみんなで撮りました。またここに、そしてどこかで皆さんとお会いできるのを楽しみにしています!



…と、ここで終わらないのがモノ・モノサロンです。ここから深夜の部に突入です。

夜な夜な木工談義に花を咲かせて気づけば深夜3時。周りの皆さんは各々寝室へ。

最後は意識を失いつつ、本能のままに木工について語っていたようないなかったような…自分の中のブレーカーが落ちるまで話は続きます。


そして翌朝。雨の予報も無くなって、空は明るい晴れ間が見えます。

昨夜のことを振り返りながら、もっと楽しいことができないかと妄想を膨らませていました。展示会終了時間まで、この空間を満喫し、無事に「杉のDIYデザイン展 in 飛騨」を終えることが出来ました。

最後に、企画実現に向け、手厚くサポートしてくださったヒダクマの松本 剛さん、スペシャルゲストの賀來 寿史さんありがとうございました!とても濃密で充実した時間を過ごすことができました。またご一緒できるのを楽しみにしていいます!


今回の経験を糧にグループモノ・モノでは、別の地域でインストラクター養成講座を企画中です。同時に「うちでも講座やってほしい!」という企業・団体様がいらしたら、ぜひ公式サイトのお問い合わせフォームからご連絡ください。


文:大沼勇樹(グループモノ・モノ)

「杉でつくる家具」公式サイト

1953年にデザインされた、DIY家具が現代によみがえる。